恵みの雨

2020/03/28

神を知る

神を知る1:17-19

エペソ1:17 どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。

1:18 また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

1:19 また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。

 

 

のぞみ教会 主日礼拝[2020年3月22日] 説教者:李鍾賢牧師

神を知る1:17-19

エペソ1:17 どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。

1:18 また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

1:19 また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。

 

 

使徒パウロは祈りを続けています。

感謝から始まった祈りは、エペソをはじめ、アジヤ州の諸教会の兄弟姉妹たちのために、心から願いを込めた祈りを進んで行きます。

 

そしてまず彼らが神様をよく知る事が出来るために、

神を知るための知恵と啓示の御霊を、与えてくださいますように祈っています。

神様をよく知ることはクリスチャンにとっては大事なことであります。

私たちの信仰の成長は、どれだけ深く神を知っているかによるのです。

神様を本当に知ることによって、私たちは神様の被造物であって、

被造物としての自覚を持って生きることが出来るのです。

 

そうすると、創造主である神様に対する絶対依存の態度が生れてまいります。

このように神様がどのようなお方であるかと言う事は、私たちの信仰の基本です。

聖書にはこう書いてあります。

マタイ1:23 「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。

その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)

1:24 ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、

その妻を迎え入れ、

1:25 そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、

その子どもの名をイエスとつけた。

 

ルカ1:34 そこで、マリヤは御使いに言った。

「どうしてそのようなことになりえましょう。

私はまだ男の人を知りませんのに。」

 

神様を知るという事は、決して神様についての単なる知的認識の事ではありません。

ユダヤ人が知るという場合、それは、決して単なる知的認識ではなく、

人格的、体験的知り方を指しています。

箴言1:7 主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。

9:10 主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟りである。

 

つまり、頭だけで知るという観念的なものではありません。

そこには神様に対する恐れがあると同じに、また愛があり信頼があるというものです。

そしてこれこそ成長したクリスチャン、成長した教会の特徴であると言えるのです。

エペソ4:13 ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全におとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。

 

神様は霊ですので私たちの目には見えないお方です。

神様は誰にも制限されません。 人に制限されるのは、神様ではなく偶像です。

1コリント10:20 いや、彼らのささげる物は、神にではなくて悪霊にささげられている、と言っているのです。私は、あなたがたに悪霊と交わる者になってもらいたくありません。 

 

神様は霊なので何でもご存じであり、何でもお出来になるお方です。

人間は霊的な存在なので神様に会うのが救いであります。

人間の霊は肉体の中に止まる時のみ、救いの機会となります。

 

霊である神様は人間を救うために人としてこの世に来られました。

ヨハネ1:14 ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

 

へブル 4:15 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。

 

ピリピ 2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、

 2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。

 

その方には罪はありません。その方は神様です。その方がイエス・キリストです。

その方は神性と人生を持っているお方です。

 

ところで、この神を知るための知恵と啓示の御霊を、私たちに与えてくださらなければならないと言われています。

私たちが神様をよく知るためには、御霊の助けが必要です。

そのために、神様は私たちに御霊を与えて下さると言うのです。

その御霊は知恵の御霊であり、啓示の御霊です。

 

パウロのこの祈りをよく見て見ますと、御霊と共に、父なる神様と御子イエス・キリストが出てまいります。

この御霊を私たちに与えて、私たちが神をよく知ることが出来るようにして

下さるのは、私たちの主イエス・キリストの神である栄光の父だと言っています。

1:17 どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、

神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように

 

しかし、使徒パウロはすぐに言いかえて、栄光の父と言っているのです。

イエス・キリストは永遠の昔から神と共におられ、又、同時に神であられました。

しかし、またイエス・キリストは父なる神からこの世に遣わされました。

この地上にあって祈られた時、神は天にあって開かれ、又イエス・キリストに

よって栄光を与えられました。

 

【エペソ1:17 どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。

1:18 また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

1:19 また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。】

 

ここでは、心の目が明らかにされるという事がまず言われますが、知恵と啓示との御霊が与える時、私たちの心の目は明らかにされます。

心とは、聖書においては、単に感情の座なのではありません。

知・情・意の全人格の中心の占める座なのです。

 

この心の目が明らかにされる時、神をさらに良く知る事が出来るようになります。それについて、使徒パウロはここで三つのものを挙げています。

第一に、神の召しによって与えられる望みです。

第二に、生徒たちの受け継ぐべき御国栄光の富です。

第三に、私たち信者のうちに働く神の偉大な力です。

 

この三つのものは、よく見ると、過去、未来、現在について神の恵みであると言う事です。

第一のものは、神が私たちをキリストの救いに召し入れて下さった時に与えられた望みです。その望みというのは、その内容について言えば、将来のことですが、

その望みが与えられた時期について言えば、もう与えられているわけで、

過去のものです。

 

しかし、その望みがどんなに素晴らしいものなのか言いますと、一度与えられただけで終わるものではありません。

使徒パウロはその素晴らしさをわかることを願い、祈っています。

 

第二のものは、私たちクリスチャンが世の終わりに、受け継ぐようにと備えられている御国の栄光に輝いた素晴らしさです。

これについては、すでに11節、14節のところで申し上げました。

 

しかし、神の御国に行くことが出来るというだけではなく、神の国の相続人とされていることの素晴らしさは、常に味わうべきです。

過去と将来にだけ神の恵みがあるのではありません。

神の恵みは、現在においても十分あります。

それが第三のものとして述べられていることです。

 

それは、私たち信仰のうちに働く神の偉大な力です。

それらをあるいはかさね、あるいは繰り返すことによって、

使徒パウロは、神が私たち信じる者たちのうちに成して下さる働きが、

どんなに驚くべきものであるかを述べようとしています。

それは、たしかに信じる者たちのうちになされる神の働きです。

 

パウロが、このように神の驚くべき力が今信じる者たちのうちに働いているという事を述べているのです。

彼の疲れを知らない働きの秘訣は、実に彼のうちに生きて働いている神ご自身の働きであったのです。

 

信者になる時、それ以前の生活とは全く変わってしまうのは、この点においてです。イエス・キリストを信じる事により、それ以来、神が内に働いてくださることによって全く違った勝利の生活を送ることが出来るようになるのは、この神の驚くべき力によります。

 

果たして私たちはそれを本当に経験しているのでしょうか。

それは、キリストを死人の中から蘇らせることが出来た神の全能の力です。

それを神は今、信じる私たちのうちに働かせて、キリストの復活の場合と同様、

まったく驚くべき事を成してくださいます。

 

それを、皆さんは心から信じているでしょうか。

もしもまだ十分に信じる事が出来ないなら、それは、その神の力をまだよく知らないのではないでしょうか。

使徒パウロは、神をさらに良く知ることが出来るならば、この私たちのうちに働かれる神の力をも知ることが出来ると言っています。

そうするとき、超自然的な驚くべき力のある生活を送ることが出来るのです。

 

使徒パウロが神様の驚くべき力が今信じる者たちのうちに働いているという事実を述べ、それがエペソを始めアジヤ教会の兄弟姉妹たちが知るように祈っている事は、これを知ることによって、どんなに信仰生活が力強いものになるかを、

彼は知っているからです。

 

イエス・キリストは生まれる数百年前から、どこで、どのように生まれるのかが予言されました。

又、死んだ後甦ることによって、ご自身が神であり、救い主であることを証明されました。

イエス・キリストを信じる私たちは確信を持って証人となる一週間となりますように祈ります。

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